2026年4月12日 復活節第2主日(神のいつくしみの主日:A年) 説教の要約

カトリック香里教会主任司祭:林和則

 

第一朗読「使徒たちの宣教2章42―47節」

本日の「使徒たちの宣教」では、聖霊降臨の日に誕生した教会の生まれて間もない姿が描かれています。それは人間の赤子のように、純粋で汚れのない姿と言ってもよい、理想的な教会共同体の姿です。

まず、冒頭で初代教会の信徒たちは「使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった(42節)」と書かれています。

「使徒の教え」「相互の交わり」「パンを裂くこと」「祈ること」は現代に至るまで、教会が教会であるための生命線、いわゆる「ライフライン」と言ってもよい重要な要素です。「使徒の教え」はイエスのことばとわざ、生きざまについての教えです。それはペトロら使徒たちが、イエスとの交わりを通して、直接、イエスから受け取ったものであり、「証言」といえる「教え」でした。その「証人」であったペトロたち「証人」が亡くなっていったことによって、その「証言」を文書化する必要が生じ、「福音書」が成立して行ったのです。ですから、現代の私たちにとっては「使徒の教え」は、「福音書」を含めた「新約聖書」になります。ただし、「旧約聖書」も内包的に「イエスのことばとわざ(それは『神のことばとわざ』にほかなりません)」を含んでいますので、「使徒の教え」となります。つまり旧約、新約を含めた「聖書」が、現在の教会にとっての「使徒の教え」に該当します。

「相互の交わり」は信徒にとって、神の愛の実践の場であるのです。ヨハネは、第一の手紙において、「目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することはできません(4:21)」と書いています。それは「目に見える兄弟と交わらない者は、目に見えない神と交わることはできません」と同義なのです。

また、最後の晩さんにおいてイエスは弟子たちに、「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる(ヨハネ13:35)」と言われています。「相互の交わり」は世に対して、私たちが「イエスの弟子」であることを「証し」することであり、教会が「キリストの体」であることを「証し」する、いわば「宣教」と言ってもよい、大切なことです。

「パンを裂くこと」は「ミサ」のことを指しています。初代教会は「ミサ」を「パン裂き」と呼んでいました。「家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していた(46b―47a節)」とも書かれています。まだ聖堂はありませんでしたから、初代教会の信徒は「主の日」には、誰か信徒の家に集まって「最後の晩さんの記念」を行っていたのです。「祈ること」の大切さについては皆さん、よくわかっていらっしゃることでしょうから、あらためて説明する必要はないでしょう。

現代の教会の信徒である私たちも、「聖書」「相互の交わり」「ミサ」「祈り」を通して教会共同体を形づくり、この日本の社会の中に「キリストの体」を打ち立てて行きましょう。

 

第二朗読「使徒ペトロの手紙一3―9節」

この手紙は使徒ペトロの手紙とされていますが、聖書学では紀元90年代頃に書かれたものと考えられていて、60年代前半に殉教したとされているペトロによって書かれたものではないとされています。

実際は、おそらくギリシアかローマにあった教会の無名の指導者が、信徒に書き送ったものと考えられています。その内容が信仰養成のためのすばらしい教えであると当時の教会が考えて、ペトロの名前を冠して伝承されて来たものと考えられます。「誰が書いたか」ではなく「書かれた内容」が大切なのです。

当日の「聖書と典礼」の注釈(4頁)に書かれてありますように、この手紙は「初代教会における洗礼式の説教が基になっている」と言われています。

それは「神は豊かな憐みにより、私たちを新たに生まれさせ(3節)」から読み取ることができます。「新たに生まれさせ」は、洗礼の秘跡によって神の子として新たに生まれることが言われていると思います。

洗礼の秘跡を受けた者はまた、「天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者(4節)」とされると書かれています。この「財産」こそが「永遠の命」であると考えていいと思います。

後半では「今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならない(6節)」と書かれています。この言葉には、激しい迫害を受けていた紀元90年頃の初代教会の状況が反映していると思われます。「試練」とは「迫害」であったのです。

けれども、この手紙の教会指導者は「あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され(7節)」ると当時の信徒に書き送ります。また「試練」は「信仰」を「精錬する火」であるともしています。

私たちの時代には「迫害」はありませんが、人それぞれにさまざまな苦しみを体験していると思います。けれども、その「苦しみ」は初代教会の「迫害」と同じように、私たちの「信仰」を「精錬する火」であり、それによって私たちの「信仰」は「本物」となると思えます。

確かに自分の人生を振り返ってみると、その時には自分が否定されるようなつらい体験であったにしても、今から見れば、その苦しみによって自分が正しい方向に立ち帰ることができたと思えることが多々あります。

イエスは「最後の晩さん」の「ぶどうの木」のたとえ話の中で「実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる(ヨハネ15:2)」と言われています。「苦しみ」とは、神が私たちを「手入れ」なさるために必要な「試練」であるのかも知れません。

8節に「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し」と書かれていますが、この言葉は本日の福音朗読の「見ないのに信じる人は、幸いである(ヨハネ20:29b)」というイエスの言葉と響き合っています。

 

福音朗読「ヨハネによる福音20章19―31節」

およそ2000年前、ユダヤの国でナザレのイエスと呼ばれた男性が十字架刑によって処刑されたことは歴史的に証明されています。キリスト教資料以外の文献にもそれは記録されているからです。ヨセフスの「ユダヤ古代誌(95年頃)」、タキトゥスの「年代記(117年)」などが有名です。

けれどもイエスの「復活」は歴史的に証明することはできません。それはあくまでも弟子たちの神秘体験であり、信仰の範疇に属するものであるからです。ただ「復活」を間接的に証明することはできます。それはイエスの死後から2000年を経た今でも世界中に教会が存在し、今日の私たちのようにキリスト教を信じる人びとが毎週の主の日に集まって、イエスの復活を記念し賛美しているという事実によってです。

十字架刑はその人の人格をまた人生をこなごなに粉砕し「ゼロ」にしてしまうような残酷きわまる刑罰でした。ですからイエスもその死だけで終わっていたのなら全てが終わっていて、イエスの生きた痕跡さえも残らなかったことでしょう。けれども、今に至るまでイエスの復活信仰を中核としたキリスト教が存在しているということは、イエスの死後「何か」が起こったからです。その「何か」を「復活」と呼ぶことができるのです。ですから今、イエスを信じて、教会のミサに集まっている私たち一人ひとりが「復活」を「証し」しているのです。

その「復活」を最初に体験したのが弟子たちでした。そして教会の誕生は弟子たちが復活体験を通して「変わった」ことによるのです。イエスの生前は「誰が一番えらいか」で権力争いをし(マルコ9:33-37など)、イエスが逮捕されれば一目散に逃げだしてしまう、そんな弟子たちが「復活」の後、イエスへの信仰のためだけに生き、殉教していったのです。

弟子たちが変わったのは単にイエスが「よみがえった」からではないと思えます。彼らは「ラザロのよみがえり(ヨハネ11:1-44)」によって、すでにそれを体験しているからです。でもその時、彼らは変わりませんでした。

では彼らにとって「復活」という体験は何だったのでしょうか?

それは「ゆるし」の体験であったと私は考えています。

そう考えるポイントになるのが次の箇所です。

「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る(23節)」

この箇所はしばしば、イエスが弟子たちに「裁きの権能」を与えたのだと取られがちです。私はそうではないと思います。受難物語における大きなモチーフのひとつは「弟子たちの裏切り」です。ユダだけではありません。イエスの逮捕の時、弟子たち全員がイエスを見捨てて逃げたのです。またペトロは人びとの前でイエスを三度も「知らない」と否定します。さらに弟子たちは自分たちを見逃してもらうために大祭司たちと取引をしたという仮説もあります。

いずれにしましても弟子たちは「主を裏切った」という強烈な罪悪感また自己嫌悪に陥っていたと思えます。だからこそ「戸に鍵をかけていた(19節)」のです。弟子たちは「心の戸」に鍵をかけ、引きこもっていました。弟子たちにとって絶望的だったのは「イエスが死んでしまった」ということです。もう、謝ることも、つぐないをさせてもらうことも、もちろん赦してもらうことも「不可能」だということで、弟子たちにとって残る人生の日々はこの罪を背負い続けて生きるという牢獄のようなものとしか考えられなかったでしょう。

そこにイエスが現われ「平和」という「ゆるし」を宣言されたのです。「不可能」と思われていたことを、イエスが復活によって打ち破り、一方的にゆるしてくださったのです。弟子たちにとって、イエスが復活されたことは自分たちをゆるすため、罪から解放するためであったと思えたことでしょう。

このように考えれば23節のことばの後に次のようにつづければ、その意味がよくわかると思います。

「けれども、あなたがたは『罪が赦されないまま残る』ことがどれだけ苦しいか、その苦しみを十分に味わったはずだ。だから、わたしがあなたがたを赦したように、どんな罪であっても赦しなさい」

イエスの命令は「裁き」ではなく、「七の七十倍(無限という意味)までも赦しなさい(マタイ18:22)」という「ゆるし」の福音を全世界に伝えなさいという、宣教への派遣だったのです。

宣教は「ゆるし」から始まるのです。宣教者は何よりも「ゆるす」人であるべきなのです。

 

そしてヨハネは今も主の日の礼拝、当時は「パン裂き」と呼ばれていた最後の晩さんの記念においてイエスは現存し、今も「あなたがたに平和があるように」と私たちに言われつづけていると伝えようとしていると思います。

現在の教会に生きる私たちもそうです。あの復活の朝の現場から時間も場所も遠く離れていても、私たちが主の日に集まってミサを捧げる時に、イエスが私たちの真ん中に立って「あなたがたに平和があるように」と言っておられ、私たちをゆるしてくださっているのです。