カトリック香里教会主任司祭:林和則
第一朗読「イザヤの預言50章4―7節」
本日の「イザヤの預言」は「第二イザヤ」と呼ばれている預言者の箇所(40章―55章)です。第二イザヤは「バビロンの捕囚」の時代にあって、自らもバビロンの地での捕囚の民のひとりとして生きながら、預言者として活動しました。第二イザヤは、神がペルシア王キュロスを用いてバビロニア帝国を滅ぼし、ユダの民が解放されて故郷の地に戻ることができると預言しました。当然、その預言はバビロニア人の怒りを買い、さまざまな迫害を受けました。その状況が「主の僕の歌」と呼ばれる四つの詩歌に反映されていると考えられています。本日の箇所は、三つ目に書かれている「主の僕の歌」ですが、もっとも有名なのは四つ目、52章13節から53章12節に書かれているもので、聖金曜日「主の受難」の典礼の第一朗読に用いられています。
そこで描かれている「主の僕」の姿はまさに、受難のイエスの姿をほうふつとさせるものがあるからです。そして、弟子たちを中心とした初代教会の人びともそこにイエスの受難、十字架の死の意味を読み取りました。
「彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった(53:5)」
「彼は自らを償いの献げ物とした(53:10)」
受け入れることが困難であったイエスの受難、十字架の死の意味が「私たちの罪を贖うため」であったというように、初代教会は第二イザヤの預言から読み取って行ったのです。
本日の「主の僕」の箇所では、「主の僕」がどうして迫害に耐えることができたのか、打ち負かされなかったのか、その理由が書かれています。第二イザヤは次のように書いています。
「朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし
弟子として聞き従うようにしてくださる。
主なる神はわたしの耳を開かれた(4b―5a節)」
この箇所をギリシア語原文に従って直訳すると以下のようになります。
「朝に朝に 彼は呼び覚ます 私の耳を
聞き従うために 弟子として
主なる神は開いた 私の耳を(雨宮慧神父様による直訳)」
この箇所からわかることは、第二イザヤは毎朝、神に祈っていたということです。その「祈り」は神のことばに「耳を開く」ことでした。しかも、それは「自分が開く」のではなく、「神が開いてくださる」のです。第二イザヤはただ、神の前に自分を投げ出すようにして、自分を完全に神にゆだねていた、そのような「祈り」であったのだと思います。
この毎朝の「祈り」こそが、迫害にたいして「逆らわず、退かなかった(5節)」という忍耐をもたらした力の源であったのです。
福音においてもたびたび「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた(マルコ1:35)」と書かれています。「人里離れた所」というのは福音書の定型表現のひとつで「神と出会う場」を表します。イエスもまた、宣教活動、そして十字架に向かう歩みにおいて、毎朝の父である神の御前に自らをゆだねる「祈り」によって、いやしと力を得ていたのです。
私たちも、日々の祈りに支えられた信仰生活を送って行きましょう。
第二朗読「使徒パウロのフィリピの教会への手紙2章6―11節」
本日の箇所はパウロの言葉ではなく、初代教会の「キリスト賛歌」が引用されていると考えられています。ただパウロは、当時広く流布されていたこの賛歌を文字通りに引用するのではなく、自らの言葉を付け加えたと考えられています。それは「それも十字架の死に至るまで(9節)」という言葉です。
おそらく本来の「キリスト賛歌」では、「人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで従順でした」であったのであろうと考えられています。ここから察することができるのは、初代教会がキリストの死が「十字架の死」であることを伏せようとしていたということです。
それはけっして「隠ぺい」というようなものではなく、宣教に当たって、「十字架の死」が大きな障害になっていたからであると思います。当時のローマ世界にあっては、「十字架の死」はそれほどまでに人びとから忌み嫌われていたからです。そのため、キリストのすばらしい愛の教え、福音を伝えようとしても、「十字架の死」を語り出そうものなら、とたんに人びとが耳を閉ざし、あわてて逃げ去ってしまうような状況が生じていたのだと思えます。そのため、初代教会は福音の内容を伝えることを優先するために、「十字架の死」を伏せていたのではないかと思えます。そしてキリストの福音のすばらしさを充分に理解してもらった後に、「十字架の死」を伝えていたのではないでしょうか。
けれども、パウロは「十字架」こそが、福音の「核心」であると考えたのです。
新共同訳の翻訳では、「それも十字架の死に至るまで」となっていますが、本日の詠唱にあるように「しかも十字架の死に至るまで」の翻訳の方が、パウロの思いがより強く表現されていると思います。パウロは「十字架の死」を強調したかったのです。パウロがこの手紙を書いたのは紀元50年代前半であろうと考えられています。この頃より、パウロは宣教活動や書簡を通して、初代教会の中に「十字架の神学」を打ち立てて行き、初代教会の宣教にあっても、「十字架」が前面に押し出されて行ったのではないかと考えられます。
ただ、現代の私たちは「十字架」にすっかり慣れてしまって、初代教会のローマ世界の人びとのような嫌悪感、拒否感を感じることはあまりない、といえるでしょう。けれども「十字架」に示されたキリストの愛の「ものすごさ」を実感するためには、「十字架」の恐ろしさの「ものすごさ」を感じなければならないと思えます。
それを実感するために、今週の聖金曜日「受難の主日」の典礼は、「十字架」に焦点が置かれているのです。
福音朗読「マタイによる福音21章1―11節」
福音は、本日のミサの福音朗読である「マタイによる主イエス・キリストの受難(27章11―54節)」ではなく、ミサ前に行われた「主のエルサレム入城の記念」で朗読された箇所を取り上げてみたいと思います。
イエスがエルサレムに入城する様子が描かれています。イエスが入城すると、群衆は歓呼の叫びをあげて、熱狂的にイエスを歓迎します。当時のユダヤはメシアへの待望とそれに伴うローマ帝国からの独立運動が沸点に達する状況であったと言えます。その民心が沸騰していたエルサレムにイエスが入城して来たことに、ユダヤの人びとはいよいよイエスがメシアとして王に即位する決意を抱いて、ローマからユダヤを解放するために満を持して来られたのだという期待と願望をこめて、熱狂的にイエスを歓迎したのです。
それはまさに王の勝利を祝う凱旋式のような熱狂に包まれていたのです。
けれども実はイエスは、自分は人びとが期待するような「王」ではないことをはっきりと示していたのです。それは「子ろばに乗って来る」という姿に象徴されていました。
マタイは「ゼカリヤ書」の預言を引用することによって、そのイエスの意図を明確にしようとしています。
「柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って(5節)」
「ゼカリヤ書」の原文では、次のように書かれています。
「高ぶることなく、ろばに乗って来る 雌ろばの子であるろばに乗って(9:9)」
マタイは「荷を負うろばの子」と表現することによって、「ろば」を「仕える者」の表象としています。イエスは「王」として人びとを「支配」するためではなく、「仕える者」として来たのだということを表そうとしているのです。それはイエスが弟子たちに何度も「仕えられる者ではなく、仕える者になりなさい」と教えて来た姿にも重なります。
そして、マタイがこの箇所を引用したのは、次節に書かれている引用されてはいない預言があったからであると思えます。
「わたしはエフライムから戦車を エルサレムから軍馬を絶つ。
戦いの弓は絶たれ 諸国の民に平和が告げられる(ゼカリヤ書9:10)」
本来の「凱旋式」であれば、王は「軍馬」に乗って入城して来ます。「軍馬」は「軍事力」の象徴でした。「ゼカリヤ書」で、神はその「軍馬を絶つ」と言われているのです。ですから、イエスが馬ではなくろばに乗って来たのは、まさにその神のことばを実現するためであったのです。「剣をさやに納めなさい(マタイ26:52)」と言われたように、イエスは軍事力、武力を放棄するということをろばに乗ってきたことによって明らかにしたのです。ろばは当時にあっても「平和」の象徴であったのです。
視覚的にもイエスが「子ろば」に乗って来たことによって、逆転が行われているのです。凱旋式であれば、王は馬に乗っています。それによって、馬上の王は人びとよりも高い位置に身を置いて、人びとを見下ろすことができます。そして人びとは王を見上げることになり、上下関係が視覚的に実現されるのです。
けれども、イエスは子ろばに乗っていたことによって、人びとよりも低い位置に身を置き、人びとを「見上げる」ことになってしまいます。そして人びとはイエスを「見下ろす」ことになり、視覚的に上下関係が逆転してしまっているのです。これによってイエスは、自分は「支配する」ためではなく「仕える」ために来た「王」であることを具体的に示しているのです。
馬は「権威」の象徴でもありました。たいして「ろば」は「柔和」「謙遜」の象徴でもあったのです。
これらの目に見える「しるし」によって、自分は政治的・軍事的な「王」ではないと明確に示していたのですが、熱狂する群衆には、そのしるしの意味を悟ることはできませんでした。
イエスのエルサレム入城は一見すると、華々しい栄光に彩られているように見えますが、そこにはすでに深刻な亀裂が生じていたのです。それは軍事的・政治的な勝利の王としてのメシアの姿と、それとは真逆の「十字架のメシア」の姿とによって分断されている、人びととイエスとの間の裂け目でした。やがて、人びとがこの「裂け目」に気がついた時、人びとはイエスを「十字架につけろ(マタイ27:22)」と叫ぶことになるのです。
私たちも気をつけなければなりません。私たちもどこかで、イエスに「栄光のメシア」を求めているかも知れないからです。世界中に広がる教会の権威的側面、荘厳な聖堂建築などの美的側面、そういった面に惹かれているかも知れないからです。聖週間に当たって、私たちはあらためて、十字架に架けられたイエスの前に立ちましょう。
