2026年1月25日 年間第3主日(神のことばの主日:A年) 説教の要約

 

カトリック香里教会主任司祭:林和則

 

第一朗読「イザヤの預言823b節―93節」

この「イザヤの預言」が第一朗読に選ばれているのは、823bから91節までの箇所が、本日の福音の中に引用されているからです。

「イザヤの預言」は三人の預言者の預言が編集されていると考えられ、便宜的に「第一イザヤ」「第二イザヤ」「第三イザヤ」と呼ばれています。本来、「イザヤ」という名を有していたのは「第一イザヤ」であると考えられます。本日はその「第一イザヤ」の預言です。イザヤは南ユダ王国のアハズ王(在位紀元前744728)の治世に活動した預言者です。アハズ王の時代は、アッシリア帝国の脅威に北イスラエル王国も含めたパレスチナ地域が脅かされ続けていました。北イスラエル王国は初めはアッシリアに貢ぎ物を納めて従属していましたが、北のアラム(現在のシリア)と反アッシリア同盟を結んでアッシリアに対抗しようとします。その際、南ユダ王国のアハズ王にもこの同盟に加わるように求めましたが、アハズ王はアッシリアを恐れて拒否します。それに対して紀元前734年、アラムと北イスラエルの同盟軍は南ユダ王国に侵攻して、エルサレムを包囲します(「シリア・エフライム戦争」と呼ばれています)。この状況の中でアハズ王はアッシリア王に貢納し属国になることを約束して、援軍を求めました。アッシリア王は北イスラエル王国に軍を送り、最終的に北イスラエル王国を滅ぼしました。

「ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが(8:23b)」というのは、ゼブルン、ナフタリの地も含めた北イスラエル王国がアッシリア帝国によって侵略され、破壊されたことを言っているのです。

また、「異邦人のガリラヤ(同節)」と言われているのは、アッシリアが占領政策として、北イスラエル王国の王族や貴族と言った主だった人びとをアッシリアに捕囚として連行した後、サマリアやガリラヤの地に異民族を移住させたことを指しています。その結果、北イスラエル王国は国家としてのアイデンティティーを失い、異邦の地となって行ったのです。

このような事態を招いた大きな要因は、南ユダ王国のアハズ王のアッシリアへの援助要請と従属にあったのです。イザヤはこのアハズ王の政策に反対していました。

数年後、国内にアッシリアに対する反感が高まると、アハズ王は今度はエジプトに援助を求めてアッシリアに対抗しようとします。それに対してもイザヤはアハズ王に反対します。イザヤはアハズ王に内外の情勢に右往左往するのではなく「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない(7:4)」とさとします。「ただ、神を信じて、神に信頼しなさい」と一貫してさとしたのです。けれども、アハズ王はイザヤの言葉に耳を貸そうとはせずに、大国の軍事力に頼ろうとするのでした。

そしてイザヤは人間の王に絶望し、神が遣わされる王、すなわちメシアを待望するようになります。そのメシアが「闇の中を歩む民(9:1)」「死の陰の地に住む者(同節)」の上に輝いた「大いなる光(同節)」として預言されているのです。

この「大いなる光」というメシア預言が、イエスのガリラヤでの宣教によって実現したと、マタイは福音書の中で宣言しているのです。

 

第二朗読「使徒パウロのコリントの教会への手紙一1101317節」

ここしばらく、第二朗読ではパウロがコリントの教会にあてた第一の手紙が朗読されています。本日の箇所では、パウロがこの手紙をコリントの教会の信徒に書き送った理由が明らかにされています。

それは「あなたがたの間に争いがある(11)」と知人から知らされたからだったのです。その「争い」は派閥争いでした。コリントの信徒の中にいくつかの派閥ができて、お互いに自分を正しいとして、他者を否定し合い、教会に分裂が生じてしまったのです。その派閥は「『わたしはパウロにつく』『わたしはアポロに』(12)」というように、どの使徒を指導者とするかという選択に基づいていました。

コリントの教会(建物ではなく共同体)はパウロによって創立されました。パウロが新たな宣教に向かってコリントを去った後、アポロが指導者としてコリントに来ました。伝承によれば、アポロは美しい容姿を持ち、雄弁家として知られていました。対してパウロは伝承によれば、容姿はそれほど優れておらず、文才はありましたが、弁論においてはそれほどの才はなかったようです。そのため、アポロはパウロ以上の人気を得たようです。そのようなアポロに心酔する人びとに対して、創立者であるパウロの恩を忘れてアポロに「乗り換えた」というように批判する人びとがいたようで、それでお互いを批判し合うようになったようです。いわば、「アポロ派」と「パウロ派」に分断してしまったわけです。

パウロはこのような状況に対してまず、「パウロ派」を非難するのです。これは一般の政治の世界では考えられないことです。政治家であれば、自分を支持する人びとを擁護し、他の政治家を支持する人びとを排斥しようとするものです。けれどもパウロはアポロではなく、先に自分の「支持者」を非難するのです。政治の世界では自分の「支持者」を失ってしまうことになりかねない「暴挙」です。

パウロは「政治」の世界に生きてはいないのです。党利党略、自己の権力獲得のために宣教しているのではないのです。ただただ、「キリスト」のためだけであって、自分のためではないのです。

パウロは「支持者」に言います。

「あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか(16)」「キリストがわたしを遣わされた(17)

「パウロが洗礼を授けた」のではなく「パウロを遣わされたキリストが洗礼を授けた」のだと、パウロは言っているのです。「パウロの洗礼」ではなく「アポロの洗礼」でもなく「キリストの洗礼」であって、パウロもアポロもキリストの「道具」として遣わされただけにすぎない、とパウロは言いたいのです。

このコリントの教会で生じた問題は、現在に至るまで、教会の中で続いている問題であると思えます。パウロが言っているように、私たち神父は「キリストの洗礼」を「私の洗礼」としてしまう場合があるのです。

神学校で学んでいる時に、ある神父さんが次のように言っていました。

「神父の中には、自分が洗礼を授けた人を『私の子ども』というように表現する人がいます。でも、それは間違っています。洗礼を受けた人は『神の子ども』になるのです。時に神父は、自分が洗礼を授けた人を『自分の信徒』として『独占』しようとしてしまいます。けれども、その信徒を『自分』の中に囲い込んでしまうことは、その信徒を『キリスト』から引き離してしまうことになります。『キリスト教』ではなく『神父教』です。そうなると、信徒も神父も不幸になります。」

また時どき、神父は洗礼を授けた「人数」を何か、自分の「勲章」のように誇ってしまうこともあります。けれども、洗礼を授けたのはキリストであって、私たちはキリストの道具として使って頂いたにすぎないのです。キリストの為された「業」であって、私たちの「業」ではないのです。いわば、それを誇ることは「キリストの手柄」を「横取り」するようなものなのです。

キリストの教会の始めにあって、パウロは現代の教会に至るまでの問題をすでに指摘するような、すばらしい訓戒を私たちに残してくれたのです。そう考えてみれば、コリントの教会で起こった争いも、この手紙が産み出されるきっかけになったと考えれば、神のお計らいであったと考えられます。神は人間の「悪」をも用いて「善」に変えてくださるのです。

 

福音朗読「マタイによる福音41223節」

第一朗読でも申し上げましたように、本日の「イザヤの預言」の823bから91節の箇所をマタイは本日の朗読箇所の15節から16節に引用しています。

その前の箇所で「ゼブルンとナフタリの地方(13)」と書くことによって、「イザヤの預言」の「ゼブルンの地、ナフタリの地(15)」と重複させて、イエスのガリラヤでの宣教の開始と「イザヤの預言」の当該箇所をつなぎ合わせています。それによってイザヤが預言した「大いなる光」がイエスの到来とその宣教によって実現したことを明示しているのです。

イエスのガリラヤでの宣教の開始の記事の中で、この「イザヤの預言」の当該箇所を引用しているのは四福音書中、マタイだけです。ですから、この「イザヤの預言」の当該箇所とイエスのガリラヤ宣教が一致していることを見い出したのは、マタイだけであったのかも知れません。

マタイにとってイエスの宣教の開始という大切な出来事と「イザヤの預言」が一致しているのを見い出した時、きっとマタイは深い感動に包まれたことでしょう。それは聖書の預言者が待望し、預言し続けて来た「メシア=キリスト」がイエスであったのだということを改めて確信させてくれたことでしょうし、自分の体験した出来事(イエスと共に宣教したこと)と、読みなれて来た聖書のことばとが一致したことによって、自分の人生が神に導かれていたことを実感できたと思えるのです。

このマタイの感動を私たちも味わうことができると思います。先週も申し上げましたように、聖書を精読していると、ある言葉が自分の人生、また出来事とピタリと一致する時があることを、私自身も体験しているからです。その時私も、生まれる前から、すでに私の人生は神の御手の中にあったのだ、というような感動に包まれました。 皆さんにもきっと、そのような体験が訪れる時があると思います。そのためにも、聖書を読みましょう。

 

後半のペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの召命ですごいと思うのが、四人ともイエスに呼ばれると、「すぐに(20節、22)」「網を捨てて(20)」「舟と父親とを残して(22)」「イエスに従った(22)」ことです。常識的に考えて、たとえイエスから呼ばれようとも、そう簡単にそれまでの職業や家族を「すぐに」捨てることは考えられないことです。それはそれまで自分を支えて来た社会的地位やつながりを失うことだからです。

ではなぜ、彼らは「すぐに」イエスに従うことができたのでしょうか。それはイエスが想像も及ばないような、ものすごい「魅力」、いわゆる「オーラ」を放っていたからではないでしょうか。その「魅力」は、「生活」とかのこの世的な配慮を全て圧倒するようなもので、四人は魅入られたようになって、イエスに従ったのではないでしょうか。

さて、私たちはイエスに「魅力」を感じているでしょうか。感じていなければ、信仰生活は味気ない「義務」のようなものになってしまいます。でも「魅力」を感じていれば、自分の「推し」のアイドルを追っかけるように、夢中になって、喜びをもって信仰生活を送ることができるでしょう。

 イエスに「魅力」を感じるためには福音書を読むことです。福音書には福音記者が体験したイエスの「魅力」が凝縮しているからです。

 

 本日は「神のことばの主日」です。聖書を読みましょう。