2026年1月4日「主の公現」(A年)のミサ

カトリック香里教会主任司祭:林和則

 

本日は「主の公現」のお祝い日です。「旧約」にあっては、神はアブラハム、モーセ、また預言者らを通して、イスラエルの民と契約を結ばれました。それが「新約」にあっては、神の子が人となって来られたことによって、そのキリストを通して神は新たな契約を結ばれました。その契約はイスラエルの民の枠を超えて、全世界の人びとに向けられたものとなりました。神の救いの契約が全人類に及ぶことになったのをお祝いするのが「主の公現」です。

 

一朗読「イザヤの預言6016

本日の「イザヤの預言」は「第三イザヤ」と呼ばれる預言者の預言です。第三イザヤは、紀元前539年にユダヤの民がバビロンの捕囚から解放され、エルサレムに帰還してから90年ばかりが経過した時代に活動しました。その頃には神殿が再建され、エルサレムの街も再興されて、ユダヤの民は喜びに満たされていたはずですが、実際には深い絶望の中にありました。それはユダヤの民が待ち望んでいた「栄光」が訪れることがないと思い知らされていたからです。

ユダヤの民が待望していた「栄光」とはユダヤの国の独立とダビデ王朝の再興でした。けれども、ユダヤはあくまでもペルシア帝国の植民地の一部であって独立は許されることなく、ダビデ王朝の血統の最後の者であったゼルバベルはペルシアによって暗殺され、ダビデ王朝は滅んでしまったのです。ユダヤの民は絶望し、まさに「闇は地を覆い、暗黒が国々を包んでいる(2)」ような状態の中で、生きる希望を失っていました。

そのような暗黒の中にある民に向かって、第三イザヤは呼びかけます。

「あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる(同節)

この第三イザヤが預言した「主の栄光の現われ」が実現したのが、イエス・キリストの降誕であったのです。けれども、その「栄光」は、かつてイスラエルの民が望んでいたものとは全く違った「栄光」でした。ダビデ王の時代にイスラエルが享受した、最大の領土、経済的繁栄といった、この世的な「栄光」とは真逆のものであったのです。

それは小さなみすぼらしい厩、名もなき貧しい父と母、まったく無力で裸の幼子、という「栄光」であったのです。「神の子」がこのように貧しく、無力な者として降誕されたということ、実はここにこそ人類への神の愛が輝いているのです。全知全能の永遠の神が、私たち人類のためにへりくだって、もっとも弱く、貧しい人びとと共に生きようとする姿を示してくださったのです。

神の「栄光」は支配でも、権力でもなく、ご自分の全てを私たちに与えてくださった「自己贈与」、すなわち「愛」の輝きによる「栄光」であったのです。

その現わされた「栄光」は、ユダヤだけではなく、全世界に輝きわたり、そこに向かって人びとが「押し寄せる(6)」のです。その全世界からやって来た人びとを代表するのが、本日の福音に登場する「占星術の学者たち」であり、彼らは第三イザヤの預言にあったように「黄金と乳香を携えて来る(同節)」のです。

 

福音朗読「マタイによる福音2112

「わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです(2)

博士たちは、ユダヤから遠い東の国(ペルシアが想定されていると考えられます)で、星を見つけます。そしてその星に向かって旅立つのです。けれども、この旅立ちは分別ある大人であれば考えられない、無謀きわまる、愚かな行動であると言えるのです。当時、中東世界において「占星術」は現代の「星占い」というような軽い趣味的なものではなく、立派な科学、学問として考えられていました。王たちも重大な決断をする時、たとえば戦争を始めるかどうかというような決断を下す時、まず大臣たちと討議したりしますが、最終的には占星術の学者による占いの結果によって判断を下す場合が多かったそうです。ですから、博士たちは王の相談役、顧問ともいえる存在で、高い地位にあり、もちろん財産もありました。だからこそ、幼子イエスに高価な贈り物を献げることができたのです。そんな博士たちが何万キロも離れたユダヤ、しかもその間には広大な砂漠が広がっており、当時の治安の悪さも考えれば、強盗や野獣に襲われる危険もあって、たどり着くことよりも、途中で遭難して死ぬ確率の方が高い旅に出るというのは、常識的には考えられない行動です。もし、彼らが生きていても仕方がないというような悲惨な困窮した状態にあれば、「失うものは何もない」という捨てばちな気持ちで旅立つことはあり得るでしょう。ところが博士たちは地位もあれば財産もあって、誰からも羨望の眼差しをもって見られるような恵まれた生活を送っていました。つまり「失うものが多すぎる」のです。それなのに危険な旅に向かうことは、それら全てを失うことになってしまうかも知れないのです。分別のある大人であれば、いくらめずらしい星を見たところで旅立ちはせず、今の生活を守ろうとすることでしょう。では、なぜ博士たちは旅立ったのでしょうか。何か宗教的、学問的な探求のために、決死の思いで悲壮な覚悟をもって旅立ったのでしょうか。私は違うと思います。きっと、博士たちは空に美しい虹を見て、虹の橋のたもとまで行こうとして、無心に走り出していく子どものような心だったと思います。星を見て、その下に救い主が生まれるという、人類の長い夢がかなうというすばらしさに、夢中になって星に向かって、ただ星の輝きを見つめて走り出した、子どものような心だったと思います。その心はまったく自由な心です。ですから、地位や名誉、お金といった、大人がしばられそうなものにまったくしばられることなく、鳥が天に向かって高く飛び立つように、星に向かって、旅立つことができたのです。

そのような博士たちの対極的な存在がヘロデ王です。

ヘロデは博士たちから救い主が生まれたことを聞いても少しも喜びません。むしろ「不安を抱いた(3)」のです。それは救い主が「ユダヤ人の王(2)」となる存在でもあるので、自分の王としての地位が奪われることを恐れたのです。

歴史上の実際のヘロデ王も権力に執着し、誰かが己の地位を奪いはしないかといつも疑心暗鬼に囚われていたようです。そのために妻や弟にまでも疑いをかけて殺害してしまいました。ローマ帝国にしてみるとヘロデ王は使い勝手のよい傀儡的な王だったそうですが、当時のローマ皇帝アウグストゥスは「ヘロデと共に暮らすぐらいなら、ライオンと暮らした方がまだ安全だ」と軽蔑をこめてからかっているほどでした。

「執着」は「排除」につながるのです。そのため、ヘロデは「救い主」を「排除」しようとしたのです。それができないと知ったヘロデは、続く16節から18節では「ベツレヘムとその周辺にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」のです。この虐殺は史実ではないと考えられていますが、「執着」が歯止めのきかない恐ろしい「排除」に拡大していくものであることをマタイは示したかったのだと思います。

このようにヘロデは博士たちと違って、自らの地位や財産に異常なほど執着していました。それによってヘロデは地位や財産に「支配」され、その「奴隷」となっていたのです。自分が所有していると思っていた地位や財産に逆に「所有」されていたのです。

そのようなヘロデは、いつも不安と疑念の中にいて心の平安はありませんでした。妻や兄弟をも殺すのですから、もちろん愛もありません。本当に荒涼たる砂漠のような人生を生きたと言えます。

歴史上のヘロデ王は最後は階段から転落するという事故で死にました。その死は「救い主」に会うことができずに暗黒の中に転落して行ったことを象徴しているかのように思えます。

対して博士たちは救い主である幼子イエスに出会うことができました。救い主に会えたということは、彼らは救われた、ということです。本当の幸い、喜びを幼子イエスから頂くことができました。けれども、もし博士たちがヘロデのように地位や金やモノにしばられていたら、イエスと出会うことはできず、救われることもなく、金とモノの中に閉じ込められたまま、真の幸いを知ることなく死んでいったことでしょう。

マタイはこの降誕物語を通して私たちに大切なメッセージを伝えています。それは「信仰者の自由」です。私たちが真の信仰者となるためには「自由」でなければならないのです。何かに囚われていたり、執着することはある意味、「偶像崇拝」であると言えます。ヘロデは「権力」という「偶像」を自分にとって最高の価値、「神」としていたと言えるのです。

けれども私たちにとってキリストこそが最高の生きる価値であり、キリストに代えられるものはありません。

「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています(フィリピの信徒への手紙38)

私たちの信仰生活も博士たちのように、イエスというただひとつの星だけを見つめての、一生をかけての旅路なのです。けれども、私たちが名誉や金やモノ、また思い煩い、憎しみやねたみなどに執着してしまっては、もう歩むことはできません。それにしがみついて、もう動こうとしなくなってしまいます。星にたどりつくことはできなくなってしまうのです。

博士たちのように何ものにも縛られず、子どものような自由な心になって、ひたむきにイエスという星を見つめて、走り続けて行きましょう。