カトリック香里教会主任司祭:林和則
福音朗読「ヨハネによる福音20章19―31節」
本日の福音は前半(19―23節)と後半(24―29節)とに分けることができます。
前半がキリストの復活の日の当日、後半が復活の日から一週間後の日のそれぞれの出来事が書かれています。これは言い換えると、典礼暦の歴史上最初の「第1主日」と「第2主日」の出来事について書かれている、と言うことができます。
キリストの死と復活を記念するミサを捧げるために、教会共同体がひとつに集まる日とされている「主の日」はキリストの「復活の日」から始まっているのです。教会はおよそ2000年にわたって、毎週、途絶えることなく「主の日」を祝い続けて来たのです。
キリストの死と復活は紀元30年にあったとされています。それに基づいて、1年間に「主の日(日曜日)」が52回あるとして、今日、2025年4月27日のこの「主の日」が最初の「復活の日」から何回目であるのかを計算してみました。すると約「10万3700回目」になりました。ですから、今日は通算「第103700主日」になります。
ここで私が皆さんに強調したいのは、今日の「主の日」はキリストの「復活の日」から「続いている」ということです。私たちは「キリストの復活」は福音書に書かれてはいるけれども、遠い過去のことであって、私たちの「現在」とは「断絶」してしまっているかのように感じてはいないでしょうか。
違います。この「主の日」、そして「キリストの復活」を思い起こし、祝うために捧げる「ミサ」を通して、私たちは「キリストの復活」に「「つながっている」のです。教会が2000年にわたって毎週の「主の日」に「ミサ」を捧げ続けて来ているのは、「キリストの復活」が本当に起こった出来事であることを証し続けるためでもあるのです。
今日、私たちが「主の日」に香里教会に集まって「ミサ」を捧げることによって、この教会の歴史につながり、周囲に住む人びと、「香里小教区」では寝屋川市周辺の人びとに「キリストの復活」を証ししているのです。
私たちは使徒たちと同じように「キリストの復活」の「証人」であり「証し人」であるのです。このことをしっかりと意識して、ミサを捧げましょう。
ただ、「キリストの復活」という出来事は歴史的に証明することはできません。およそ2000年前、ユダヤの国でナザレのイエスと呼ばれた男が十字架刑によって処刑されたことは歴史的に証明されています。キリスト教資料以外の同時代の文献にも、それは事実として記録されています。ヨセフスの「ユダヤ古代史(95年頃)」、帝政期ローマの歴史家タキトゥスの「年代記(117年)」などが有名です。けれどもそれらキリスト教資料以外の文献では「イエスが復活した」とは書かれてはおらず、「イエスの死」で終わっています。
「イエスの復活」はあくまでも弟子たちの神秘体験であり、信仰の世界に属する「出来事」だからです。ただ「復活」を間接的に証明することはできます。それはイエスの死後2000年を経た今でも世界中にキリストの教会が存在し、「キリストの復活」を信じる人びとが毎週の「主の日」に集まって、キリストの復活を記念し賛美しているという「事実」によって証明できるのです。
十字架刑はその人の存在を歴史上から抹殺するだけの破壊力を有していました。イエスは十字架で殺されたことによって「ゼロ」になったのです。ですから、イエスがその「死」だけで終わっていたなら、イエスの生きた痕跡さえ、歴史に残らなかったことでしょう。けれども、今に至るまでイエスの復活信仰を中核としたキリスト教が存在しているということは、イエスの死後に「何か」が起こったとしか、考えようがないのです。その「何か」を「復活」と呼ぶことができ、間接的にではありますが、歴史的に「復活」はあったと言えるのです。
その「復活」を最初に体験したのが弟子たちでした。復活体験がどのようなものであったのか、それを伝えるために様々な「復活顕現物語」が書かれました。ただ確実に言えることは、復活体験を通して弟子たちが「変わった」と言う事実です。イエスの生前は「誰が一番えらいか」で権力争いをし(マルコ9:33―37など)、イエスが逮捕されれば一目散に逃げ散ってしまう、そんな情けない、臆病な弟子たちが「復活」の後、イエスへの信仰と宣教のために生き、最後にはもはや逃げることなく、殉教して行ったのです。
弟子たちが「変わった」のは、単にイエスが「よみがえった」からではない、と思います。なぜなら、弟子たちは「ラザロのよみがえり(ヨハネ11:1―41)」によって、すでにそれを体験していたからです。けれどもその時、弟子たちは何も変わりませんでした。
では、弟子たちにとって「復活」という体験は何だったのでしょうか?
それは「ゆるしの体験」であったと、私は考えています。
そのように考えるポイントになるのが、次のキリストの言葉です。
「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る(23節)」
この箇所はしばしば、イエスが弟子たちに「裁きの権能」を与えたのだと取られがちです。私はそうではないと思います。
受難物語における大きなモチーフのひとつは「弟子たちの裏切り」です。ユダだけではありません。イエスの逮捕の時、弟子たち全員がイエスを見捨てて逃げたのです。またペトロは人びとの前でイエスを三度も「知らない」と否定します。さらに弟子たちは自分たちを見逃してもらうために大祭司たちと取引をしたという仮説もあります。
いずれにしましても弟子たちは「主を裏切った」という強烈な罪悪感また自己嫌悪に陥っていたと思えます。だからこそ「戸に鍵をかけていた(19節)」のです。弟子たちは「心の戸」に鍵をかけ、引きこもっていました。弟子たちにとって絶望的だったのは「イエスが死んでしまった」ということです。もう、謝ることも、つぐないをさせてもらうことも、もちろん赦してもらうことも「不可能」だということで、弟子たちにとって残る人生の日々はこの罪を背負い続けて生きるという「罪悪感の牢獄」のようなものとしか考えられなかったでしょう。
そこにイエスが現われ「あなたがたに平和があるように(同上)」と言われたことによって「ゆるし」を宣言されたのです。「不可能」と思われていたことを、イエスが復活によって打ち破り、弟子たちが何の謝罪も償いもしていないのに、一方的にゆるしてくださったのです。弟子たちにとって、イエスが復活されたことは自分たちをゆるすため、「終身刑」と思われていた「罪悪感の牢獄」から解放するためであったと思えたことでしょう。
このような考えに基づいて、23節のことばの後に次のような言葉を継ぎ足せば、その意味がよくわかると思います。
「けれども、あなたがたは『罪が赦されないまま残る』ことがどれだけ苦しいことか、その苦しみを十分に味わったはずだ。だから、わたしがあなたがたを赦したように、どんな罪であっても赦しなさい。赦されないまま残してはいけない」
イエスの命令は「裁き」ではなく、「七の七十倍(無限という意味)までも赦しなさい(マタイ18「:22)」という「ゆるし」の福音を全世界に伝えなさいという、宣教への派遣だったのです。
宣教は「ゆるし」から始まるのです。宣教者は何よりも「ゆるす」人であるべきなのです。
そしてヨハネは今も「主の日」のミサ、当時は「パン裂き」と呼ばれていた最後の晩さんの記念においてイエスは現存し、今も「あなたがたに平和があるように」と私たちに言われつづけていると伝えようとしていると思います。
現在の教会に生きる私たちもそうです。あの復活の朝の現場から時間も場所も遠く離れていても、私たちが主の日に集まってミサを捧げる時に、イエスが私たちの真ん中に立って「あなたがたに平和があるように」と言っておられ、私たちをゆるしてくださっているのです。
そして私たちもたがいに「主の平和」とあいさつを交わし合うことによって、ゆるし合うのです。
本日の福音の後半部の主人公はトマスだと言えると思います。
ヨハネは「ディディモと呼ばれるトマス(24節)」というように、ギリシア語で福音を読んでいる人びとに、アラム語である「トマス」はギリシア語では「「ディディモ」であると、わざわざ説明しています。ギリシア語では「双子」という意味です。ヨハネはこのように説明することによって、読者の注意を「双子」に向けさせようとしているのではないかと思えます。
私はヨハネは当時の初代教会の人びとに、そして現在の私たちに、次のように語りかけているのだと思います。
「トマスは、今、福音を聞いているあなたがたの「 双子』のような存在なのだよ」
「トマス」はイエスの復活の「現場」に立ち会えなかった人びとの「分身」のような存在だということです。その「現場」から2000年近くも離れている私たちにしてみれば、立ち会えなかったことをもっともなこととして自然に受け入れているでしょう。けれども「現場」からまだ60年程度しか時間的に離れていず、地理的には同じユダヤに住む初代教会の人びとにしてみれば「私も復活の時、イエスさまに出会いたかった」という思いは切実なものであったと思えるのです。また、初代教会の中には、イエスの復活の現場に立ち会えた人びとがまだ生き残っていて、その体験を得意そうに語る姿に、立ち会えなかった人びとはトマスのように悔しさを感じていたのかも知れません。そのような思いにたいしての慰めをヨハネは「トマス=双子」にこめたのではないでしょうか。それがもっともよく表れているのが次のことばです。
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである(29節)」
この「見ないのに信じる人」こそが、初代教会の中でもイエスの復活を体験していない人びとであり、そして私たちです。イエスはそんな私たちにたいして「幸いである」と仰ってくださっているのです。「見たから信じた人」よりも「見ないのに信じた人」の方がより信仰の眼差しをもってキリストに近づいたと言え、より強い信仰を持っていると言えるからです。
今日、私たちは「イエスが復活して今も生きている」と信じているからこそ、ミサに来ました。イエスは今、私たちの真ん中に立っておられ、次のように私たちに呼びかけてくださっていると思います。
「あなたがたは、私の復活を見ていないのに、それを信じて、今日、このミサに来て、私の復活を讃え、賛美してくれている。
見ないで信じているあなたがたは、2000年前、私の復活を見た人びとよりも幸いだ。」
